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東京高等裁判所 昭和55年(ま)1号 決定

主文

本件請求を棄却する。

理由

本件請求の趣旨及び理由は、代理人伊達秋雄、同佐藤博史、同山嵜進が連名で提出した刑事補償請求書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

本件記録によれば、

一、請求人は、昭和五一年一一月九日「被告人は、治安を妨げ、かつ、人の身体・財産を害しようとする目的をもつて、昭和四七年九月中旬ころから昭和五一年一〇月一八日までの間、宝塚市清荒神中国縦貫米谷トンネル工事現場、大阪府池田市石橋二丁目三番二号石橋相生荘間島正志方、東京都板橋区徳丸三丁目二四番四号立山荘田口彰方、同都中野区若宮二丁目二〇番一〇号文月荘の自室及び同都板橋区徳丸二丁目七番一二号の自宅において、爆発物であるダイナマイト四本を所持したものである。」との公訴事実(爆発物取締罰則違反・同罰則三条、火薬類取締法違反・同法五九条二号、二一条)で東京地方裁判所に起訴されたこと、

二、同裁判所は、昭和五三年二月二八日、被告人は、昭和四七年一〇月下旬ころから昭和五一年一〇月一八日までの間右公訴事実記載の場所において爆発物であるダイナマイト四本を所持した者であるが、その所持の目的が、治安を妨げ、人の身体財産を害するためでないことを証明することができないものである、との事実(爆発物取締罰則六条該当)を認定したうえ、被告人は火薬類取締法違反の点については無罪であるが、同罰則三条の罪と想像的競合の関係にあるものとして起訴され、同条の罪と公訴事実において同一性のある同罰則六条の罪について有罪の言渡をするのであるから、主文では無罪の言渡をしない、旨を判示して、被告人に対し、懲役一年六月、未決通算一八〇日、執行猶予三年の判決を言い渡したこと、

三、請求人は、右判決を不服として控訴を申し立て、当裁判所は、昭和五四年一二月一三日、原判決を破棄し、被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和四七年一〇月下旬ころから昭和五一年一〇月一八日までの間前記公訴事実記載の場所において爆発物であるダイナマイト四本を所持したものである、との事実(火薬類取締法五九条二号、二一条該当)を認定したうえ、被告人に対する本件公訴事実中の爆発物取締罰則六条該当の点については犯罪の証明がないが、同罰則六条該当の訴因を内包する同罰則三条該当の事実は、判示火薬類取締法違反の事実と科刑上一罪の関係にあるものとして起訴されたものと解されるから、特に主文において無罪の言渡をしない、と判示して、被告人に対し、懲役七月、原審未決の通算一八〇日、執行猶予二年の判決を言い渡し、同判決は昭和五四年一二月二七日確定したこと、

四、請求人は、右事件に関し、昭和五一年一〇月一八日逮捕され、同月二一日から昭和五二年五月一七日まで勾留されたが、右拘禁の罪名は爆発物取締罰則違反だけであつたこと、

以上の事実が認められる。(なお、本件拘禁日数のうち、本刑に算入された未決勾留日数一八〇日については、刑事補償の請求はできない〔最高裁判所昭和三四年一〇月二九日決定・刑集一三巻一一号三〇七六頁〕)

してみれば、本件は、甲罪について逮捕勾留された者が、甲乙両罪につき科刑上一罪の関係にあるものとして起訴され、判決の理由中で、甲罪については無罪、乙罪については有罪の判断を受けたが、科刑上一罪の関係で、判決の主文において甲罪についての無罪の言渡は受けなかつた場合につき、甲罪に関する拘禁による補償を求めていることに帰するのである。

しかし、刑事補償の積極的要件として刑事補償法一条が定めている「無罪の裁判を受けた者」とは、刑事訴訟法三三六条にいう無罪の判決を受けたもの、すなわち判決の主文で無罪の言渡を受けた者をいうものと解すべきであるから、たとい判決の理由中で一部無罪の判断を受けたとしても、本件のように主文において無罪の言渡を受けなかつた者は、右の要件を欠くものと解するのが相当である。

刑事補償法が、その消極的要件として、併合罪の一部について無罪の裁判を受けた場合(三条二号)を定めておきながら、科刑上一罪の一部について無罪の裁判を受けた場合について何ら定めていないのも、前記の趣旨によるものと解されるのである。

したがつて、本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、刑事補償法一六条後段により、主文のとおり決定する。

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